マンドリン合奏 最近(2010年代)の動き

 マンドリンなど撥弦楽器を使った音楽は、日本ではマンドリンアンサンブル(マンドリンオーケストラ)が多いが、それ以外にもフラットマンドリンを使ったアメリカのブルーグラスやブラジルのバンドリンを使ったショーロ音楽などもある。同じ撥弦楽器であるロシア民俗楽器のドムラやバラライカの合奏もあり、ジプシーマンドリンやジャズマンドリンの演奏も興味深いが、日本で聞かれるのは小編成の演奏であり、日本のマンドリンアンサンブルではそういった曲を取り上げることも少ない。ロシアのバラライカ合奏、米国のマンドリン合奏、ブラジルのバンドリン合奏にも日本のマンドリンアンサンブルと似た規模の合奏があるが、日本ではあまり知られていない。

 社会人中心の日本のマンドリン合奏

 日本の社会人団体では50名以上のところもあり、鈴木静一の特集で演奏者を募り150名ほどの大合奏が2011年から何度か行われている。しかしながら学生のマンドリン合奏は衰退の傾向で、多くの人員を抱えているところは少ない。
 吹奏楽やギター合奏が若年層を取り込んで活発になっている。マンドリン合奏は団塊の世代が企業の第一線を退く2000年ごろから社会人の演奏団体が増えているが、若年層は減っているようだ。今後アマチュアの高齢者が減少すると日本のマンドリンアンサンブル・オーケストラ全体も減少するのだろう。

 マンドリン合奏で演奏される曲目は幅広い。TVドラマや映画音楽、ポピュラーを多く取り上げる団体、小学生唱歌や叙情歌、演歌などの多い団体、オリジナル曲とクラシックの編曲主体の団体など。最近は邦人オリジナル主体の団体も多いようだ。学生の演奏会では一部にオリジナル主体、二部に企画ステージとしてマンドリン音楽になじみのない人のためによく知られた曲を取り上げことが増えている。マンドリン合奏用に出版されている曲目が多くないことから似たようなプログラムになりやすい。なお、従来無料の演奏会が多かったが、入場料をとるところが増えているようだ。

 

マンドリン音楽の著書と作曲

 管弦楽法ではウォルター・ピストンやベルリオーズの著書が世界的に知られている。マンドリン音楽に関してはハーバート・フォレスト・オデルが「マンドリンオーケストラ」と題する90ページのマニュアルが1913年に出版されているようだが、市場には見かけない。また、一般的な作曲家にとってマンドリンアンサンブルは未開の荒野といえる。幸いメトロポリタン・マンドリン・オーケストラやコンコルディアなどがマンドリンオーケストラの曲を委嘱するなどにより、現代作曲家による作品発表が少しずつ増えている。

 海外ではイスラエルのマンドリン奏者Avi Avitalはそれまでの曲では自分の技術や音楽性を高められずに悩んでいたが、ギターにおいてはゼコビア向けに新たな作曲が行われた事によって、それまでスペインの民族楽器であったギターの地位が上がったことを知り、「マンドリンでのゼコビアになる」として積極的に活動している。今後マンドリン界に良い影響が出てくることを期待したい。

日本のマンドリン界に対する危惧

 日本のマンドリン合奏は明治末頃に始まり100年の歴史を持ち、現在多くのマンドリン人口を抱えている。しかしその実態について危惧する面もある。少し古いのだが、1983年の久松祥三氏の卒業論文(2000年に修正)と1993年の中野二郎の文章を参考に載せた。

 

昭和57年度(1983年) 成城大学文芸学部芸術学科卒業論文

題目 「マンドリンオーケストラの発達と現状」2000年修正 P19より

久松祥三氏

 マンドリンは楽器の手軽さから演奏して楽しむことが容易であり、学生のクラブあるいは社会人のサ ークルの活動が盛んとなった。日本の社会事情から、学生(特に大学の)団体が活発に活動をするこ とができることが、クラブやサークル活動として広まった原因だと思う。 従って、聴いて楽しむのは一般の芸術音楽で、弾いて楽しむのがマンドリン音楽という風潮が出来 上がってしまった。このためプロのマンドリンオーケストラというものは存在せず、むしろ、マン ドリン界では「マンドリンはアマチュアのための音楽であり、プロなど必要ない」という考え方が一 般である。 マンドリンにプロが必要かどうかは別にしても、「弾いて楽しむ」ことばかりが先に立ってしまった ため、マンドリンやギターを演奏しない人々には興味を持たれない音楽となってしまったことは否め ない。従って一般芸術音楽の研究者たちの研究対象にはならず、確固とした指導体制もできていない ため、音楽的な発展は頭打ちの状態である。 現在、マンドリン界では、現状に満足している風潮があるように思える。

 

第三集曲目解説に寄せて 1993.2 より 中野二郎

  日本のマンドリン音楽の在り方が、総体に演奏会を開くためのものゝのようで、勢い大編成の大掛かりなものばかりに眼が行って、無数に存在する佳曲が埋もれた儘(まま)に忘れられています。それどころか楽器店にはマンドリンも無く、書店には何一つ関係書籍は見あたらずという現状では、どうにも発展のしようがないのですが、又それをさして痛傷とも感じないようなところに致命的なものがあります。

 マンドリン曲の解説めいたもの、作者の経歴なども数十年前に武井、沢口などの先輩によって書かれたものを根幹に、多少の補足をしたものがある程度で、此処にも追求の跡が見出せません。 この楽器の愛好者は、唯安易に弾いて楽しめばよいのであって、そうしたことへの関心?(が極めて希薄であること)を思うと、虚しさだけが先走って筆が鈍るのです。

 

 日本のマンドリン音楽は1983年、1993年と現在もほとんど同じような印象だが、そうなるとマンドリン愛好者の音楽への取り組みは一定していて、アマチュアが趣味の演奏をするクラブとして続いていくのだろうか?

 曲目解説は確かに感覚的表面的な解説、または他からの流用が多いため似たような解説も見られる。現在ではインターネットでの検索も使えるので調査は容易になった。人物や曲に関してはイタリアやフランスのサイトを見ると必要な事が見つかることがある。楽器に関しては米国のサイトも参考になるところがあり、調べてみれば良い。

 

 マリオネット・マンドリンオーケストラ

 こういった状況の中でマリオネット・マンドリンオーケストラは新たな取り組みをしている。

ポルトガルギター奏者・湯淺隆と、マンドリン奏者・吉田剛士によるマリオネットは彼らと同様のコンセプトのマンドリンオーケストラを2006年に結成した。

 このオケではマリオネットの楽曲を演奏するとともに「マリオネットの『音楽に対する姿勢』を受け継ぐことを求め、真摯に音楽に取り組み、繊細かつ大胆に神経の行き届いた音楽表現を目指す、また、あくまで聴く人の立場に立つ」といったコンセプトで活躍している。このことは「この時代にあるべきマンドリン合奏の理想を模索する、マンドリン史上のひとつの実験的アプローチなのである」と述べている。