「ミヌエットとガボッタ」Minuetto e Gavottaアメデオ・アマデイ作曲 Op.146

Amedeo Amadei

 アメデオ・アマデイ(Amedeo Amadei 1866年12月9日イタリア・ロレート-1935年6月16日トリノ)はイタリアのロレートにて祖父ピエトロ(1809-1877)、父ロベルト(1840-1913)と続く音楽家の3代目として生まれた作曲家、管弦楽指揮者である。1869年3歳の時にロレートの合唱へ父に同行し、ジョバンニ・ボスコ(Don Giovanni Bosco)によって最も将来性のあるミュージシャンとして指摘された。既に4歳で最初の作曲をしているが、この時の作品「小さな行進曲」には「7歳のアマデイによる」と書かれている。

ボローニアのアカデミア・フィラルモニカを20歳で卒業後、合唱指揮、オルガニストなどで活躍。また第73連隊軍楽長、第50連隊軍楽長等を歴任した。ベルガモの第73歩兵連隊では長年指揮者を務め、ベルガモの市民や音楽の同僚たちと深い絆を持った。作曲家のP.マスカーニには毎年夏に会いに行くなど親密な関係にあった。また、1901年にボローニアで創刊されたVita Mandolinistica(画像)の主幹を1907年から2年間務めた。作曲は多彩で管弦楽曲、吹奏楽曲、合唱曲、歌曲、オペレッタ、ピアノ曲、室内楽曲、マンドリン合奏曲など500曲以上にのぼる。(画像は尾崎譜庫参照)

  マンドリン曲では1906年ミラノのイル・プレットロ主催の作曲コンクールに「プレクトラム讃歌(Plectrum  Op.114) 」が受賞。1909年、同誌主催の第二回作曲コンクールでは応募された81曲中「海の組曲(Suite  Marinaresca Op.290 )」が一位に入賞し、マルゲリータ皇太后から大金牌を授与された。その他40以上の作曲コンクールに入賞している。マンドリン曲の編成は第一第二マンドリン、ギターのトリオまたはマンドラを加えた4部編成が大部分であり、90曲以上が知られている。なお、多くの曲が中野二郎により低音部を追加編曲されている。ミヌエットやガボッタなどの舞曲、クリスマスに関する曲が多い。

 1910年春にはベルガモの合奏団エステュディアンティナ・ベルガマスカの名誉会長に推薦されている。また永年音楽に貢献した功績によりカヴァリエーレ(イタリア連帯の星騎士勲位)の称号を得、1925年春には聖マウリツィオ・ラザロ勲章(Ordine dei Santi Maurizio e Lazzaro :画像)を受けている。

Minuetto e Gavotta

「ミヌエットとガボッタ 作品146番」はアマデイが30歳頃に作曲された作品。1897年10月イタリア・ボローニアのコメリーニで出版したIL Concerto誌上に発表された。楽器編成は第一第二マンドリンとギターのトリオだが、中野二郎によりマンドラ、マンドロンチェロ、マンドローネまたはコントラバスが加えられている。
ミヌエットはゆったりした優雅な舞曲。ガボッタはフランスの農村で発祥した踊りだが、その後宮廷でも好んで踊られた。楽譜の曲想にスケルツォ(冗談・諧謔)と記されている。