「VISION」(幻影)メッツァカーポ作曲

  日本名で「幻影」または「夢うつつ」として知られている「Vision」の楽譜はマンドリンアンサンブル及びハープとマンドリンの2重奏でフランスのJ. Rowies社から出版されている。表題にはブロイ公妃へのオマージュVISION(幻影)「宗教的メロディー」と題されている。

 ブロイ公妃ポーリーヌ(Joséphine-Éléonore-Marie-Pauline de Galard de Brassac de Béarn は1825年に生まれる。彼女は高い知性と信仰心、美しさで知られていた。読書を好み、詩など多くの文書を書いている。また彼女はとても内気であったため、周りの人たちは直接彼女と目を合わせないように注意していたという。

 1845年6月18日にオルレアン王朝派の政治家で歴史家のブロイ公(Jacques-Victor-Albert, 4th duc de Broglie ) と結婚した。1846年に長男のルイ・アルフォンス・ヴィクトールが生まれ、その後5男を授かった。(1848年次男モーリス 、1849年三男アンリ・アメデ、1851年四男フランソワーズ・マリー・アルベール、1854年五男シーザー・ポール・エマニュエルが誕生)

ショーモン城

 ブロイ公はフランスのロワールにあるショーモン城の付属庭園を観賞用庭園として造成を進め、家屋と教会はロワール川の河岸の高台に移された。最終的に2,500ヘクタールとなる大庭園でブロイ公妃は動物をこよなく愛し、庭園内にブロイ公妃が可愛がっていて、亡くなった犬や猿たちの墓を18基集めた墓地を造らせた。それらの墓には、そこに眠っている動物たちのためにブロイ公妃の詠んだ詩が記されている。

 ブロイ公妃の肖像画

  美しく心優しいブロイ公妃の記憶を永久にとどめるため28歳の時に肖像画がアングル(Jean-Auguste-Dominique Ingres)によって描かれた。その後ブロイ公妃は結核を煩い、35才で亡くなってしまう。彼女のあとに残された夫ブロイ公は、あまりにも生き写しの彼女の肖像画を見るに堪えられず、ベルベットのカーテンの影にずっと飾っていたという。彼女の死後、ブロイ公は宗教史に関する3冊のエッセイを発表した。また1873年にフランスの第28代首相にもなったが、彼女への思いが強く、再婚しなかった。( Hidden Treasures - Jean Dupas等参照)

VISION(幻影)構成

  曲は公妃の死を悲しむような静かなメロディーに始まり、その後やや明るい曲想になるが、これは森の動物たちと戯れる公妃を思い浮かべているようだ。中間部はゆったりした部分だが、子供たちに囲まれ、短くも平和だった日々の追想だろう。その後、ギターのアルペジオに乗って悲しみのメロディーが再現されるが、最後は短い一生を終わった公妃の魂が救われるような静かだが明るい長調に転調されて終わる。合奏曲は松本譲氏の弦6部版による。
 作曲家メッツァカーポは20歳の頃からパリを拠点として家族で活躍しており、ブロイ公妃の短い生涯は身近に感じられたのではないだろうか。(知久幹夫)

演奏時間 約4分

  アングルの名作「ブロイ公妃」はニューヨーク・メトロポリタン美術館に飾られている。

(メッツァカーポについては「ボニータ」参照)