マンドリンの各部材料

 ボールバックマンドリンは基本的にヘッド、ネック、ボディの3部分から構成されている。ヘッドには弦巻きのギアが取り付けられネック(竿)と接続されている。ネック(竿)にはナット(上駒)、指板が取り付けられ、ボールバックマンドリンの指板はフラットでフレットが打ち込まれている。ボディは半球形の共鳴箱と表板および4コース8本の金属弦からなり、表板には駒(ブリッジ)、ピックガード、アームレストなどが取り付けられている。共鳴箱は細長い板片をリブとして複数枚貼り合わせて半円球状に形成され、これに袖板、底板、緒止め(テールピース)などが取り付けられている。ボディにはネックに接続されている。ネックとヘッドは一体のものもある。各部の材質やスペックは単独で音質への効果や影響もあるが、各部相互の関連や品質バランスによっても結果は異なる。

表板 響板 トップ

スプルースspruce(伊:スアベーテ・ロッソ abete rosso、独:フィヒテ  Fichite )

 ヴァイオリン、リュート、チェンバロ、ピアノなどヨーロッパの弦楽器の表板や鍵盤楽器は伝統的にスプルースが使われている。大部分のマンドリンの表板もスプルースが使われている。スプルース はマツ科トウヒ属ピセア種の常緑針葉樹。楽器に使われている代表的なスプルースはドイツ松( German Spruce )ドイツトウヒ、ドイツ(ジャーマン)スプルースとかヨーロピアンスプルースと呼ばれている。ドイツで黒い森と呼ばれるフランス国境に近いシュバルツ・ヴァルト Schwarzwald の木が代表的。ここはドイツトウヒの木が植林され、森として残っている。イタリア・ドロミーティ山塊の最も北部に位置するトレンティーノ・アルトアディジェ州に位置する南チロル地方もスプルースの産地として知られている。

ピセアは樹脂を意味している。スプルースは樹皮、木、葉、球果にたくさんの樹脂を作り、その量は針葉樹の中では松の次である。

スプルースの種類
 スプルースの仲間では他にエンゲルマンスプルース、シトカスプルース(ベイトウヒ 米唐檜)、アラスカスプルース、エゾ松などがある。現在最も多く使われているのはアラスカのシトカに代表されるシトカスプルースだろう。スプルースは振動伝播速度が速くまた、ヤニ成分があるため粘り強い。材料に音の振動を加えたときの立ち上がりが良く、復元力があり、減衰時間が長いことから楽器に適している。難点は楽器になってから鳴るようになるまで時間がかかること。松材は伐採してから250年で最も強度が出て、500年経った時に伐採時の強度に戻ると言われている。現在、北イタリアやスイスのスプルースが楽器には最適とされている。スプルースとだけ書いてあるのは通常シトカスプルースが多い。1940年頃までは北米東部に分布していて、レッド・スプルースとも呼ばれるアディロンダックスプルースが使われていた。単位質量当たりの剛性に優れているため音量が大きく良く響き低音が豊かだが、航空機材料として乱伐され、今では稀少材となっている。戦前の MARTIN/Gibson 社のアコースティックギターに普通に使用されていたが、今では高級品の一部のみに使われている。利用する場合は行政の許可を得て伐採量以上の植林をしなければならない。欧米では産業革命以後、大規模な森林破壊により良質のスプルースは減少している。

 楽器に使われる木材は枝や節など木の“ねじれ”がない一様な材料であること。ヴァイオリンでは直径25cm以上で37cm以上まっすぐなもの、チェロでは直径55cm以上で78cm以上まっすぐなものが必要とされる。

セダーCedar

 松材とともに杉材(セダー)も利用される。米杉とかウェスタンレッドセダーと呼ばれ、ギターではギター製作家のラミレス3世が使い始めて、一般的に使われるようになった。比較的柔らかい材質のため、音質は暖かい甘めのトーンだが、側裏材に硬い木材を組み合わせることで、鳴りと音質を向上できる。セダー材はヤニ成分が少なく、スプルースほど粘りがないが、比較的早く木材として使えて加工もし易く、完成直後から大きな音の鳴りを発揮する。
 カラーチェのクラシコAは従来のスプルースからセダーに変わっている。また、英国の Fylde や Ashbury のフラットマンドリンはセダーのトップを使用している。図は左からスプルース シトカスプルース ウェスタンレッドセダー。カナダ産の杉には良質の材料が多いという。

単板、合板

単板

 「単板」とはその名の通り一枚板のこと。柔軟に振動するので音色は優れている。厚さは2.8mmから4mm程度のものを利用する。昔の板取りは大きな鉈を使い、木目に沿って裁断したものを使っていた。今ではバンドソーなどで木目方向にかかわらず裁断するため、繊維が斜めに切られ、音が伸びないといわれる。 平面で見ると木目がきれいに(平行に)そろっていても木口(脇)から見たときに木目が斜めになっているものは木取りの時に柾目でなく板目取りになっているためで反りやすい。フラットマンドリンは一枚板となっている。

合板
「合板」は楽器の場合、スライスした薄い3枚の板を重ね合わせて構成されている。貼り合わせの板なので価格を抑えられるが、振動特性は単板に比較して悪く、接着剤の耐久性により楽器の寿命も短くなる。
 単板といっても左右で接ぎ合わせる事がある。これをブックマッチ(2枚接ぎ)と呼び、一枚の板を半分にして木目を左右対象にする。ボールバックマンドリンではブックマッチが一般的であり、センターシームで補強している。

ダブルトップ

  フランスのジェラ( Lucien Gélas 1873年1月1日または1873年1月12日 - 1944年6月5日)は表板が2枚となっているフラットバックやボールバックの楽器を1910年から1930年頃に製作した。Gélas は、ダブルトップを使用したギターやマンドリンの発明で知られていて、20世紀前半のギターはこのダブルトップギターが一般的だったようだ。ジェラのダブルトップの楽器は音色、音量、遠達性、応答性に優れているという。2019年現在マリオネットが1932年製ジェラのダブルトップマンドリンを使用している。なお、南谷博一氏の考案したダブルトップの楽器を加納木魂氏が製作している。また、エンベルガーも Ginislao Paris によってダブルトップが設計され、マンドリーノアルティスティコモデルNo.8と呼ばれた少数のハイエンド楽器に適用された。ワルシャワの思い出 S.ラニエリ参照。

サウンドホール 音口 響孔

サウンドホールの形状

 サウンドホールは楽器の表板に開けられている穴。弦の振動に表板やボディが共鳴し、この共鳴音が表板のサウンドホールを通じて外に出る。 40mm×70mm~85mm程度の楕円形のオーバルホール、または変形、円形のもの、小さな穴のいくつか開いているデストリビューテッドホール、フラットマンドリンではf型、三日月型などがある。上図右側のサウンドホールが低音側に寄っているタイプは低音が響くことを意図している。サウンドホールは大きいと音量が増え、小さいと音量は少ない。小さい方がまろやかで上品な音だと言われる。

 なお。オールドの楽器でブリッジの近くに穴が2ヶ所空いているのがある。音質が向上する意味は無さそうで、特に金属の飾りのあるものは音質に悪影響があると言われる。

インレイ (はめこみ加工)

 サウンドホールの周りの装飾などはインレイと呼ばれる。飾りのない楽器もある。飾りの種類でシンプルなのはCAB(キャブ)と呼ばれる細長いテープ状の素材で、厚さは0.3mm~2.0mm、色は黒、白、アイボリー、茶の4色がある。ギターなどで使われる口飾りはロゼッタと呼ばれモザイク模様となっている。これは通常、染色した木材で作った寄木細工のもの。

 凝った装飾では天然貝であるアワビやメキシコ産アバロン貝、パウアシェル 白蝶貝やセルロイド、アクリル、模造大理石、金属などを使っている。古い楽器では非常に手の込んだ装飾を施したものがある。なお通常は個別に作るのだが、ギター用の寄せ木細工には既製品もある。表面板の縁取りはパフリングと呼んでいる。

折り山 傾斜

 ラウンド(ボール)バックのマンドリンは通常、表板に折り山があり、その直上にブリッジ(駒)が置かれている。この折り山と裏側に取り付けられた力木のあることで弦の張力に耐える剛性を持ち、ブリッジを強力に支えている。またブリッジ上で弦を大きく曲げることで弦張力を得やすく、弦の不要な振動を抑えられる。なお、製造工程の話だが、折り山を作ってから貼り合わせたほうが強度があるようだ。

ピックガード 義甲板

 ピックが表板に当たることを防ぐ板で、英語ではスクラッチプレート ( scratchplate ) 、フラメンコギターでは「ゴルペ板」「ゴルペアドル」( golpeador ) と呼ばれる。このピックガードは埋め込み式となっているが、表板の収縮、接着方法の不適などにより剥がれたり、浮いてくることがある。ガラライトやアクリル樹脂など表板の収縮率と異なる材料の場合に反りや割れ、剥がれが起こりやすい。最近のカラーチェ はピックガードや表面板の縁取り(パフリング)も木材を使うようになっている。
 実用目的以外に、楽器の装飾のために使用されることもある。マンドリンでは鼈甲または鼈甲風模様の合成樹脂ガラライトの他、アクリル樹脂、ウォルナット、メイプル、その他、金属や真珠貝、アワビ、白蝶貝といった材料も用いられる。逆にピックガードの装飾を無くしてトップのガード機能を持たせた「透明」のピックガード(クリアマイラー製など)があり、これを使った楽器を加納木魂氏や吉本煌貴氏などが製作している。 (図は加納木魂 M-60) (力木・ブリッジ・ナット へ)