マンドリン合奏 最近(1990年以降)の動き

マンドリンなど撥弦楽器を使った音楽は、日本ではマンドリンアンサンブル(マンドリンオーケストラ)が多いが、それ以外にもフラットマンドリンを使ったアメリカのブルーグラスやブラジルのバンドリンを使ったショーロ音楽などもある。同じ撥弦楽器であるロシア民俗楽器のドムラやバラライカの合奏もあり、ジプシーマンドリンやジャズマンドリンの演奏も興味深いが、日本で聞かれるのは小編成の演奏であり、日本のマンドリンアンサンブルではそういった曲を取り上げることも少ない。ロシアのバラライカ合奏、米国のマンドリン合奏、ブラジルのバンドリン合奏にも日本のマンドリンアンサンブルと似た規模の合奏があるが、日本ではあまり知られていない。

 

 社会人中心の日本のマンドリン合奏

 日本の社会人団体では50名以上のところもあり、鈴木静一の特集で演奏者を募り150名ほどの大合奏が2011年から何度か行われている。この演奏会は1,500円(前売り)、2,000円(当日券)の入場料も取るが、参加者は15,000円から30,000円を負担する。学生のマンドリン合奏は衰退の傾向で、多くの人員を抱えているところは少ない。JMUジャーナル259号によれば2014年のマンドリン・ギター団体は中高150,大学143、社会人851の合計1,144団体である。画像は東京マンドリン・アンサンブル主宰の竹内郁子

 吹奏楽やギター合奏が若年層を取り込んで活発になっている。マンドリン合奏は団塊の世代が企業の第一線を退く2000年ごろから社会人の演奏団体が増えているが、若年層は減っているようだ。2020年代中頃には団塊の世代も後期高齢者となるため、今後マンドリンの高齢者メンバーは減少する。そうなると日本のマンドリンアンサンブル・オーケストラ全体も減少するのだろう。

 ちなみに2010年の吹奏楽連盟への加盟団体は小学校1,125校,中学7,188校、高校3,792校、大学・職場・一般2,190の合計14,295団体であり、日本の吹奏楽人口は120万人といわれている。中高の団体数だけでもマンドリンの70倍以上ある。大学のマンドリン演奏会ではジョイントコンサートも盛んに行われている。人数を確保するにはいいのだろう。画像は東京・杉並にあり、吹奏楽の聖地として親しまれた5,000人収容の普門館ホール。このホールはカラヤン指揮のベルリンフィルハーモニーがこけら落としをし、その後、何度か演奏している。2018年には解体のため使用停止となり名古屋に移った。しかし2020年のコンクールは新型コロナの影響で中止となった。(動画の例は奈良県バンドフェスティヴァルよりエル・クンバンチェロ El Cumbanchero)

  マンドリン合奏で演奏される曲目は幅広い。TVドラマや映画音楽、ポピュラーを多く取り上げる団体、小学生唱歌や叙情歌、演歌などの多い団体、オリジナル曲とクラシックの編曲主体の団体など。最近は邦人オリジナル主体の団体も多いようだ。学生の演奏会では一部にオリジナル主体、二部に企画ステージとしてマンドリン音楽になじみのない人のためによく知られた曲を取り上げことが増えている。マンドリン合奏用に出版されている曲目が多くないことから似たようなプログラムになりやすい。なお、従来無料の演奏会が多かったが、入場料をとるところが増えているようだ。

マンドリンコンクール

 高校生のマンドリンコンクールとして長年大阪の青少年ホールで行っている 全国高校ギターマンドリンフェスティバル は一時期評価が甘く、フェスティバル(お祭り)の傾向が強かったのだが、最近はマンドリン合奏のコンクールとしての評価もしっかりしてきていて、高校生のレベルアップに一役かっていると思われる。

マンドリン音楽発展の要素

 管弦楽法ではウォルター・ピストン(図:A5版 580頁)やベルリオーズの著書が世界的に知られている。ウォルターピストンの管弦楽法は大学での1年間の講義を考慮しているので、マンドリン合奏の編曲や指揮をする人はこれを参考にすると良いのではないか。ただし、マンドリン属とギターの楽器は入っていないので応用が必要だ。マンドリン音楽に関してはハーバート・フォレスト・オデルによる「マンドリンオーケストラ」と題する90ページのマニュアルが1913年に出版されているようだが、市場には見かけない。一般の管弦楽法もマンドリン族の楽器の特長や限界を知り、音色や音量バランスを考慮すれば参考になる。また、一般的な作曲家にとってマンドリンアンサンブルは未開の荒野といえる。

幸いメトロポリタン・マンドリン・オーケストラやコンコルディアなどがマンドリンオーケストラの曲を委嘱するなどにより、現代作曲家による作品発表が少しずつ増えている。ただし、音楽大学ではマンドリンやギターを学ぶことがないので無理な奏法であったり、効果的でない場合がある。

 イスラエルのマンドリン奏者Avi Avitalはそれまでの曲では自分の技術や音楽性を高められずに悩んでいたが、ギターにおいてはゼコビア向けに新たな作曲が行われた事によって、それまでスペインの民族楽器であったギターの地位が上がったことを知り、「マンドリンでのゼコビアになる」として積極的に活動している。今後マンドリン界に良い影響が出てくることを期待したい。

日本のマンドリン界に対する危惧

 日本のマンドリン合奏は明治末頃に始まり100年の歴史を持ち、現在多くのマンドリン人口を抱えている。しかしその実態について危惧する面もある。少し古いのだが、1983年の久松祥三氏の卒業論文(2000年に修正)、1993年の中野二郎の文章、マリオネットサークル会報 Vol.7/95年を参考に載せた。論旨は似ている。

 

昭和57年度(1983年) 成城大学文芸学部芸術学科卒業論文

題目 「マンドリンオーケストラの発達と現状」2000年修正 P19より

久松祥三氏

 マンドリンは楽器の手軽さから演奏して楽しむことが容易であり、学生のクラブあるいは社会人のサ ークルの活動が盛んとなった。日本の社会事情から、学生(特に大学の)団体が活発に活動をするこ とができることが、クラブやサークル活動として広まった原因だと思う。 従って、聴いて楽しむのは一般の芸術音楽で、弾いて楽しむのがマンドリン音楽という風潮が出来 上がってしまった。このためプロのマンドリンオーケストラというものは存在せず、むしろ、マン ドリン界では「マンドリンはアマチュアのための音楽であり、プロなど必要ない」という考え方が一 般である。 マンドリンにプロが必要かどうかは別にしても、「弾いて楽しむ」ことばかりが先に立ってしまった ため、マンドリンやギターを演奏しない人々には興味を持たれない音楽となってしまったことは否め ない。従って一般芸術音楽の研究者たちの研究対象にはならず、確固とした指導体制もできていない ため、音楽的な発展は頭打ちの状態である。 現在、マンドリン界では、現状に満足している風潮があるように思える。

 

第三集曲目解説に寄せて 1993.2 より 中野二郎

  日本のマンドリン音楽の在り方が、総体に演奏会を開くためのものゝのようで、勢い大編成の大掛かりなものばかりに眼が行って、無数に存在する佳曲が埋もれた儘(まま)に忘れられています。それどころか楽器店にはマンドリンも無く、書店には何一つ関係書籍は見あたらずという現状では、どうにも発展のしようがないのですが、又それをさして痛傷とも感じないようなところに致命的なものがあります。

 マンドリン曲の解説めいたもの、作者の経歴なども数十年前に武井、沢口などの先輩によって書かれたものを根幹に、多少の補足をしたものがある程度で、此処にも追求の跡が見出せません。 この楽器の愛好者は、唯安易に弾いて楽しめばよいのであって、そうしたことへの関心?(が極めて希薄であること)を思うと、虚しさだけが先走って筆が鈍るのです。

 

1995年 マリオネットサークル会報 マンドリン合奏を考える

 マンドリン自体の魅力を考えるならば合奏(特に大合奏)にメリットは少ないと私は考えている。しかし、音楽そのものや合奏自体の楽しみはかけがえのないものであるから、決して否定している訳ではない。また、アマチュアの場合、個人の力量が充分でなくても、1人では出来ないレベルの音楽に、演奏する側として参加できるという大きなメリットがある。但し聴く側の立場ではない。聴く側に喜びや感動を与えるには、合奏といえども各個人の力量が問われざるを得ない。下手な人が何十人寄り集まっても下手なオーケストラが出来上がるだけなのである。

 その点、少人数のアンサンブルでは更に要求が厳しくなる。各パート1~2名という編成は、各奏者の感覚としてはソロに近い。単独で聴かせられる力を各自が持たなければ、良いアンサンブルは望めない。何も技巧的な曲や複雑な曲を弾かなくてもよいから、それなりのレベルに曲を弾きこなしていれば、他人に感動を与える事も可能だと思うのだが…。

 日本のマンドリン音楽は1990年代と現在もほとんど同じような印象だが、そうなるとマンドリン愛好者の音楽への取り組みは一定していて、アマチュアが趣味の演奏をするクラブとして続いていくのだろうか?

 曲目解説は書かれていないことも多い。書かれている場合でも内容は感覚的表面的な解説、または他からの流用が多いため似たような解説が見られる。しかも間違いが多い。現在ではインターネットでの検索も使えるので調査は容易になった。人物や曲に関してはイタリアやフランスのサイトを見ると必要な事が見つかることがある。楽器に関しては米国のサイトも参考になる。

 

 マリオネット・マンドリンオーケストラ

 こういった状況の中でマリオネット・マンドリンオーケストラは新たな取り組みを進めている。

ポルトガルギター奏者・湯淺隆と、マンドリン奏者・吉田剛士によるマリオネットは彼らと同様のコンセプトのマンドリンオーケストラを2006年に結成した。

 

 このオケではマリオネットの楽曲を演奏するとともに「マリオネットの『音楽に対する姿勢』を受け継ぐことを求め、真摯に音楽に取り組み、繊細かつ大胆に神経の行き届いた音楽表現を目指す、また、あくまで聴く人の立場に立つ」といったコンセプトで活躍している。このことは「この時代にあるべきマンドリン合奏の理想を模索する、マンドリン史上のひとつの実験的アプローチなのである」と述べている。

 2014年9月25日には東京国立博物館前庭で300人以上のマンドリン大合奏「JAPAN NIGHT」を企画したが、台風のため、残念ながら中止となった。


企業による文化芸術団体への支援 メセナ活動

 メセナとはフランス語でのmécénatで文化の擁護という意味でローマ帝政時代にルーツをもつ。ローマ帝政時代初代皇帝アウグストゥスの政治的アドバイザーのガイウス・キルニウス・マエケナスにより始められた。マエケナスは貧しい若手文学者や詩人を支援し、文化を育成、擁護することに力を入れた。

   日本ではバブル経済時代の1980年代に企業のメセナ活動が発展した。バブル崩壊後縮小したが2010年代にCSR(企業の社会的責任)の一環として取り組む企業が再び増えた。文化庁による2017年の調査では約300社が実施。活動資金は200億円程度でオーケストラやオペラ、能などへ資金援助、コンクールの開催、イベント会場の提供などの支援を行っている。

 しかし2020年の新型コロナウィルスによる経済の縮小により多くの企業の余力は無くなり、メセナ活動も縮小すると思われる。

  マンドリンの演奏団体は学生と社会人団体でほとんどがアマチュアであり会費を払って練習している。会費は月2,000円程度が多い。指導者へは毎月または練習ごとに支払をする。演奏会は無料のところが多く、新たな負担をして開催しているところが多い。こういった状況のため、新型コロナウィルスによる経済的影響は少ないと思われる。しかし、演奏会場や練習場が閉鎖されたため活動は中止となり、指導者や講師の収入は減少しているようだ。