演奏速度と速度変化

演奏速度の標語

 演奏速度の標語にはラールゴからプレスティッシモまで多くの種類がある。
 演奏速度に関して指揮者の岩城宏之は「楽譜の風景」で以下のように述べている。
 楽譜に書いてある速度記号はAllegro Andante Prestoなど他の用語と同様にほとんどがイタリア語で書かれている。一般的にアレグロは早く、アダージオはゆっくり、ラールゴは非常に遅く、プレストは非常に速くと思っている。しかし、イタリア語の本来の意味ではアレグロは活発に、アンダンテは歩行する、などとなる。学校の音楽の時間ではアレグロは速く、プレストは非常に速くと教わっている。音楽事典に書いてある説明も本来のイタリア語の意味とは異なることも多い。
 ヨーロッパの音楽家に言わせると日本の音楽留学生は速い曲を速く弾きすぎ、のろい曲をのろく演奏しすぎる、と言われるそうだ。ただ、ロシアのチャイコフスキーなど、イタリア以外の作曲家はイタリア語本来の意味を理解して書いているとは限らない。最近のアメリカやドイツ、フランスなどの作曲家は母国語で細かく書く人が増えている。しかし日本人作曲家の多くは相変わらずイタリア語で書いている。

マンドリンの演奏速度

 マンドリンでのトレモロは継続した音が出せるが、音楽の速度に合わせてトレモロの数及びトレモロの速度変化で対応しなければならない。これはトレモロの基本的な技術として習得すべき事である。練習を積んでいない奏者や経験の浅い指揮者では音楽の速度がその曲想から来る適切な早さに関わらず、トレモロで演奏し易い速度になってしまうことがある。テンポの遅いワルツの演奏を聴くことがあるが、これはトレモロのやりやすい速度になっていて、ワルツの曲としての速度を無視している。3拍子のワルツを滑らかに演奏するのはマンドリン族では難しい。なお、演奏会でのワルツはバレエの劇場での踊りを伴う演奏よりも多少速いことが多い。またウィンナワルツは通常2拍目を若干早めに入ることで躍動感をあらわしている。ウィンナワルツは1拍子だと思った方がよい。言語と音楽も参照下さい。

通常の3拍子とウィンナワルツ

通常のワルツは1,2,3拍が均等だが、ウィンナワルツは1拍目がやや短くその分3拍目がやや長くなっている。2拍目と3拍目は同じ程度という人もいる。またアクセントは1拍目には置かず2拍目、または2,3拍目となる。もちろんメロディはこのリズムに縦線を合せてはいけない。

速い演奏と走る演奏

 テンポの速い曲でも落ち着いて聞こえる演奏。逆にそれほど速いテンポではないのに走って聞こえることもある。“走る”とは練習時のテンポより速い場合、演奏中にだんだん速くなってしまう場合をいう。テンポが速いのは単にテンポを上げたということだが、走って聞こえるのは演奏に自信や余裕がない時、演奏にのめり込んで、興奮してしまった場合、周りの音を聞いてないで自分だけで演奏してしまっている場合、などがあげられる。これはスピードをコントロール出来ていない状態で、具体的には小節の終わりの音が短く、極端なときは16分音符などが省略され、息継ぎや止めなどの音節やフレーズの表現ができていない状態となっている。
 そうならないためには確実に弾けることを前提として、メトロノームの裏に合わせる、歌いながら演奏する、などの練習方法をとると良い。16分音符は「早いんだ」という意識があり、初心者は本来の速度以上に急いで弾く傾向がある。また、表拍だけで弾いているとピッキングの4分音符や後打ち、シンコペーションが短くなりやすい。裏拍をきちっと取ることで安定したテンポ、速度が保てる。

 実際の演奏においては「楽譜を弾く」のではなく「音楽を表現する」気持ちが大切だ。マンドリン合奏で時々曲の求める適切な速度を無視した速度で、速く弾けることを誇示しているような演奏を聴くことがある。演奏は一般に荒っぽく、音楽的とはとてもいえない。聞いていて落ち着かず、不快な気分になる。

次の例はバンジョーキャパコでブラジレイリーニョ を演奏するファビオリーマ

 早弾き

 中野二郎は早弾きについて「昔から私たちのマンドリン合奏団は、やたら弾き捲くるのを快とする傾向があり、本人は満足かも知れないが、音楽を聴こうとする側は技術を見に集まるわけではないので、段々と離れられて内輪の楽しみに終わってしまうのである」と述べている。

 速い演奏でも感情表現がないと音楽が伝わらない、「立て板に水」といわれるような淀みない話し方はつまらない。マンドリンのアヴィ・アヴィタル(AVI AVITAL)やヴァイオリンの五嶋みどりの演奏を聞いてみるといい。

YOUTUBEの例はDavid Grismanによるフランスジプシー音楽とアメリカ・ブルーグラスの融合https://www.youtube.com/watch?v=x05z27blg80https://www.youtube.com/watch?v=_Aicvi9p-gw)(音のみ)

もう一人、同じくアメリカのクリス・シーリ Chris Thile による Bach: Sonata No. 1 in G Minor, BWV 1001 (Complete)

 ただ演奏会を聞きに行くときに、この団体はやたら速く弾くのであれば、どれだけ速く弾けているのかと思って聞けば腹も立たない。音楽を聴こう思って行くとガッカリする。どの演奏団体でもやっているような定番の曲はちょっと違った演奏を聴くと面白いと思ったりする。

速度変化

 ラレンタンド、リタルダンド、アッチェランドなどは速度が変わる指示記号だが、急速な速度変化をトレモロでスムーズに行うには音符あたりのトレモロ回数がスムーズに変化しなければいけない。昔の軽音楽ではテンポの揺れの少ないのが多いが、マンドリンのオリジナル曲やクラシックの曲はテンポの揺れ(アゴーギク)のあるのが普通であり、音楽的に自然な速度変化を表現することが求められる。マンドリンアンサンブルではメトロノームを使ったり“イチとおニイとお”などと拍子を取りながら練習することがある。実際オデルの教則本初級(全音楽譜日本語版)ではそういった拍子の取り方が書かれている。古典的な楽曲の場合に音符の長さを正しく弾く確認の意味としては必要だが、音楽表現はその先の問題であり、テンポとは音楽の流れであることを知らないといけない。

 ラヴェルの「ボレロ」は正確な一定のテンポを保持し、転調もなく同じメロディーを繰り返す特殊な音楽だ。この曲の初演の時に「この曲を作曲した人は狂っている」と叫んだ人がいた。そのことを後になって知ったラヴェルは「その人こそが私の音楽を本当に理解している」と語っている。「ボレロ」は単調で面白みはない。最後の2小節で突然転調するが、これは音楽がずっこけた状態で「笑える音楽」が本来の音楽といえ、ニュアンスを真面目に聞くような音楽ではない。

 フェルマータの前ではリタルダンドやテヌートのかかることが多い。またアクチェルのあとではリタルダンドがかかり、元の速さに戻るか、そのまま新たなテンポのフレーズに切り替わる。

ラレンタンドとリタルダンド

 ラレンタンドは“だんだんゆるやかに、音量は落とさない”であり、rit+緊張を緩めるであるといわれる。目標に向かって遅くするといった意志を持っている。
リタルダンドは“だんだん遅く、テンポだけ落とす”意味だが、気持ちとしては遅くなってしまう、消えていくといった意味を含んでいる。
リテヌート:直ちに遅く、アッチェレランド:だんだん速く、音量も次第に増す意味もある。アラルガンド:拡張する、はRit+crescの意味だが、だんだんゆるやかに緊張は高める。スモルツァンド:Rit+dim スレンタンド:速度を緩めて スラルガンド:延長して、次第に幅広く メノ モッソ:メノは「より少なく」 モッソは「動く」なので、あまり速くなく、といったように速度変化や強弱変化に関する音楽用語は多くある。作者の意図を演奏に表現することが大切である。

天候、客層と演奏速度

 指揮者の岩城宏之がウィーンフィルハーモニーでハイドンを演奏したときに第二ヴァイオリンとヴィオラの主席が話があると指揮者の部屋に来た。「昨日はとても良かった。幻想交響曲はあんたの縄張りだからいうことはない。ハイドンのテンポもぴったりだったが、ハイドンについては俺たちの方があんたより専門だ。昨日は客の層も若いし、空気も乾燥していたからあのテンポがちょうど良かった。しかし今日は午後4時だし、雨がシトシト降っている。それに客はジイさんバアさんが多い。第一と第四楽章のテンポを大幅に落としてごらん」

 日曜日の朝またやってきた。「土曜日より客席に老人が多いが天気も良く、気持ちの良い朝だし、今度は昨日より心持ち速くやってみろ」というのだった。岩城宏之はそれまでハイドンコンプレックスがあったが、彼らの忠告通りに演奏したら、うまくいき、ハイドンコンプレックスも消えたという。

ポルタメント、グリッサンド、ヴィブラートへ)